泥舟が遺跡へ?!まるで神殿!戦争の往き着いた愚の遺産【安浦コンクリート船・武智丸】潜入記
今年の3月、DECO-PONスタッフが、広島県呉市安浦漁港にあるコンクリート船【武智丸】に潜入しました。
そのコンクリート船について歴史とともに紐解いていこうとおもいます。
船といえば、鋼もしくは木製を想像すると思いますが、実際に19世紀から20世紀にかけてコンクリート製の船は海を航海してたらしく、大西洋も横断可能だったとか。
コンクリート製は耐水性・水密性に優れている反面、船を作る際の木材型枠で費用が鉄に比べて2倍以上のコストがかかるそうで、しかも舵がとれない困難さ、かつ、貨物することで速低下をもたらし実用にはほど遠かったらしいです。
イメージとしては「カチカチ山」の「泥舟」を思い浮かべてしまいますね。当然、こんな高額で鈍くて舵もとれない泥舟を誰も造ろうなんて気にはならなかった訳です。
しかし、当時、戦時体制下であった日本では輸送手段の貨物船も造船用鋼材も極度に不足していたというのが理由で、なんと我国、旧日本海軍は、その「泥舟」を造ってしまった苦い歴史があるのです。
旧海軍はコンクリート船を大阪府土木会社の武智昭次郎に発注、武智造船所でコンクリート船体が建造され、最終的にはコンクリート船【武智丸】として4隻が誕生し、呉、横須賀、 佐世保の各鎮守府へ納船。当初は25隻を発注する計画でしたが敗戦によりそれ以上の完成には至らなかったそうです。
現在では、コンクリート船は防波堤として代用。
戦後当時の土木技術では防波堤建設に巨費がかかるため、呉港の第一武智丸と、大阪港の第二武智丸の二隻を防波堤として転用することになったそうである。
まさに愚かな戦争の往き着いた果て、コンクリート船・武智丸。
その防波堤となった武智丸にDECO-PONスタッフは潜入。

普段、内部は柵で立ち入り禁止区域になっているので仕方なく外観を眺めていましたが意外に平凡。
すっかり防波堤化しすぎて呆気にとられてましたが、それに察してか近所のおじさんたちに好意で内部に入れてもらえることになりました。

内部は外観とは予想もつかないほどの、歴史が染み込んだコンクリートの遺跡!
戦時中、狂気の沙汰で造船された「泥舟」。そして戦後を経て、虚しくも防波堤として代用されてしまったけど、ここに立派な燻しのきいた廃墟美として珠玉の輝きを放ってます!
まさに「戦争の往き着いた愚の遺産」といった感じでしょうか。










廃墟好きの方も歴史好きの人たちも行ってみてはどうでしょう。あと、内部をみないとお腹いっぱいにならないので入るときは近所の人に一声かけましょうね。
▼DECO-PONスタッフが潜入した内部全映像もあります。こちらも是非ご覧ください。
記/ Charlie Apple (2014.06.02)
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